炭素に価格をつける経済変革
2026年本格導入への準備

排出量取引制度・化石燃料賦課金の段階的導入
市場メカニズムによる効率的なGHG削減の実現

カーボンプライシング制度と炭素価格付けシステム

カーボンプライシング制度の基本概念

カーボンプライシング(炭素価格付け)制度は、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出に経済的コストを課すことで、市場メカニズムを通じた効率的な排出削減を実現する政策手法です。日本では2026年度からの排出量取引制度本格稼働と2028年度からの化石燃料賦課金導入が決定されており、この制度導入により企業の脱炭素投資インセンティブが大幅に強化され、日本経済全体の低炭素化が加速されることが期待されています。

世界のカーボンプライシング制度は急速に拡大しており、世界銀行の最新調査によると、2024年時点で73の国と地域で実施または実施予定となっています。これらの制度によってカバーされるGHG排出量は世界全体の約23%に達し、炭素価格は1トンCO2あたり1ドルから130ドル超まで幅広い範囲で設定されています。

世界最大のEU-ETS

欧州連合排出量取引制度(EU-ETS)は世界最大の制度として、2005年の開始以来着実に発展を遂げ、現在では年間取引額が約800億ユーロの巨大な炭素市場を形成しています。EU-ETSでは、発電、製造業、航空業界など主要セクターが対象となり、約1万の施設が参加しています。炭素価格は2021年以降急上昇し、2023年には1トンCO2あたり100ユーロを超える水準まで上昇しました。

この価格上昇により、石炭火力発電からガス火力や再生可能エネルギーへの転換が加速し、欧州全体のCO2排出量削減に大きく貢献しています。EU-ETSの成功は、適切に設計されたカーボンプライシング制度が市場の力を活用して効率的な排出削減を実現できることを実証しています。

日本の制度設計

排出量取引制度(2026年度開始)

日本の排出量取引制度は、年間排出量10万トンCO2以上の大規模事業所を対象として、電力、鉄鋼、化学、セメント、製紙など主要産業をカバーします。制度開始時は無償割当の比率を高く設定し、段階的に有償割当を拡大する方針です。これにより、企業の負担を抑制しながら、確実な排出削減を実現する設計となっています。

化石燃料賦課金(2028年度開始)

化石燃料賦課金は、石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料に対して炭素含有量に応じた賦課金を課すものです。初期段階では低い水準から開始し、企業の適応期間を確保しながら段階的に引き上げる計画です。この制度により、化石燃料の使用コストが上昇し、再生可能エネルギーや省エネ技術への投資インセンティブが強化されます。

企業への影響と対応策

カーボンプライシング制度の導入は、企業の事業戦略に重大な影響を与えます。直接的には、CO2排出に伴うコスト負担の増加により、利益率の低下や競争力への影響が懸念されます。しかし、同時に脱炭素技術への投資インセンティブが強化され、長期的には技術革新と競争力向上の機会となります。

企業の対応策としては、まず排出量の正確な把握と削減ポテンシャルの評価が重要です。次に、省エネ設備への投資、再生可能エネルギーの導入、製造プロセスの改善など、具体的な削減施策の実行が必要です。また、排出権取引市場への参加により、柔軟性を持った対応も可能になります。

国際動向と連携

国際的には、国境炭素調整措置(CBAM)の導入により、炭素価格の国際的な波及効果が拡大しています。EUは2023年10月からCBAMの試行運用を開始し、2026年からは本格的な炭素国境税の徴収を開始する予定です。これにより、炭素価格が設定されていない国からの輸入品に対しても、間接的に炭素コストが課されることになります。

この動きは、各国にカーボンプライシング制度の導入を促す重要なインセンティブとなっており、世界的な炭素価格の収束が進むと予想されます。日本企業にとっても、国内外での一貫した炭素コスト管理が重要な課題となっています。

技術革新への影響

カーボンプライシングは、技術革新に対する強力なインセンティブとして機能します。炭素価格の上昇により、従来は経済性が低かった脱炭素技術の競争力が向上し、研究開発投資が活発化しています。特に、CCUS(CO2回収・利用・貯留)技術、グリーン水素製造技術、次世代電池技術などの分野で、大規模な投資が進んでいます。

また、デジタル技術を活用したエネルギー管理システムや、AI による最適化技術なども、炭素価格の存在により投資対効果が向上し、普及が加速しています。これらの技術革新は、日本の国際競争力強化にも寄与することが期待されています。

金融市場への影響

カーボンプライシング制度は、金融市場にも大きな影響を与えています。炭素価格の存在により、企業の将来キャッシュフローや事業リスクの評価方法が変化し、投資判断においてカーボンコストの考慮が不可欠となっています。

排出権取引市場は新たな金融商品市場としても発展しており、排出権の先物取引、オプション取引、リスクヘッジ商品などの金融イノベーションが進んでいます。これにより、企業は炭素価格変動リスクを適切に管理できるようになります。

地域経済への波及効果

カーボンプライシング制度は、地域経済にも重要な影響をもたらします。炭素集約的な産業が立地する地域では、産業構造の転換が求められる一方で、再生可能エネルギー産業や脱炭素技術産業の誘致により、新たな雇用創出の機会も生まれています。

政府は、制度導入に伴う地域への影響を緩和するため、「公正な移行」政策を推進し、産業転換支援、労働者の再教育、新産業誘致などの包括的な支援策を実施しています。

今後の展望

カーボンプライシング制度の今後の展望として、炭素価格の段階的上昇と対象範囲の拡大が予想されます。現在は大規模排出源が中心ですが、将来的には中小企業や運輸部門、建築部門への拡張も検討されています。

また、デジタル技術の活用により、排出量の監視・報告・検証(MRV)システムの高度化が進み、制度の透明性と効率性が向上することが期待されています。国際的な制度間の連携も深化し、グローバルな炭素市場の形成に向けた動きが加速するでしょう。

カーボンプライシング制度は、2050年カーボンニュートラル目標の実現に向けた重要な政策ツールとして、日本の脱炭素社会への転換を市場メカニズムを通じて効率的に推進する役割を果たします。企業にとっては、この制度変化を機会として捉え、持続可能な事業モデルへの転換を図ることが重要です。